2012年5月12日土曜日

水村美苗『本格小説』

水村美苗『本格小説』(新潮社)が世に出てから10年が経ちました。

いわゆる古典文学と呼ばれる作品の価値は、あらすじをすでに知っているようでいて、読み返すたびに、深い印象を次々と与えてくれるものであり、自らの成長とともに感じ方も変わるという意味で、逆に何も印象がなければそれだけ自らの成長も何もなかったということをつきつけられるものだ、といったことを先ごろ亡くなった吉本隆明さんが書かれていたことをいつも思い出します。

『本格小説』はまだ古典のジャンルには入らないかもしれませんが、日本のどこかでそっと読み返され、いつも新たなため息とともに読み終える、ということを繰り返していく作品だと思います。

戦後から現代までを舞台にした、太郎ちゃんとよう子ちゃんの物語。

太郎ちゃんとよう子ちゃんは主人公であり、読み手もすっと2人の心情に溶け込める一方で、物語の語り部であり第三の主人公である「フミ子お姉さん」の内面に読者は踏み込めそうで踏み込めない、そこがこの作品の力だと思いました。