2012年3月10日土曜日

米原万里『旅行者の朝食』

土地の記憶と食べ物の記憶がつながりやすいのは、食べ物を媒介に旅の思い出と、その土地の抱えてきたものに思いをはせられるからでしょう。
 旅から帰ってきた人に、何食べた?と聞いてしまいます。同じものを食べても、同じ経験を得られるわけではないものの。

個人的には、ガーナでしょっちゅう食べたアマダ(焼きバナナ)が思い浮かびます。よく道端で、コンロの網の上で売られていました。こんがりとろけた茶色で甘ったるく、いくらでも食べられます(一緒に行ったおばは、このアマダ・コンロを苦労して日本まで持ち帰ってきましたが、味はさてどうでしょう)。


米原万里『旅行者の朝食』(文春文庫、2004年)



古今東西の食べ物を追いかけるエッセイ集。題名の作品もソ連崩壊という背景もあり面白いですが、執念と探索、そして最後の小話、と精巧な作品である「トルコ蜜飴の版図」がいいです。

少女時代をすごしたチェコスロバキアのプラハで、ロシア人の友だちからたった一度だけもらった「ハルヴァ」の思い出がはじまり。大人になるまで「ハルヴァ」への執念をまわりに話していたおかげもあり、情報量(おみやげ)も年季が入ります。あれも違うこれも違うと場所も名前も違うものを食べ、時には自分でも作り(レシピつき)、文献をあさり、探してまわります。世界中に網のように伝播された「トルコ蜜飴」の道をたどる話です。